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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2281号 判決 1969年10月28日

申請人

佐藤慣

谷鉄夫

代理人

上条貞夫

外一名

被申請人

明治乳業株式会社

代理人

石原輝

外二名

主文

1  申請人谷が被申請人に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。

2  被申請人は、申請人谷に対し、昭和四一年三月一日以降毎月二五日限り、一ケ月金二〇、五〇五円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請人佐藤の申請をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、申請人谷と被申請人との間においては全部被申請人の負担とし、申請人佐藤と被申請人との間においては、被申請人について生じた費用を二分し、その一を申請人佐藤の負担とし、その余の費用は各自の負担とする。

事実《省略》

理由

第一、認定事実

一、被申請人は、牛乳製造販売業を営む株式会社であり、申請人佐藤は、昭和三四年一〇月一日会社に入社し、同谷は、昭和三七年四月一日会社に入社し、以来、いずれも同社戸田橋工場製造課職員として勤務してきたものであるところ、会社は、昭和四一年二月二八日申請人らをいずれも懲戒解雇した。

右解雇当時賃金として、毎月二五日限り、申請人佐藤は一ケ月金二五、五五四円、同谷は一ケ月金二〇、五〇五円の支払を受けていたが、会社は右解雇を理由に、昭和四一年三月一日以降の賃金を支払わない。

以上の事実は当事者間に争いがない。

二、<前略>

<証拠>を綜合すると、次の事実が認められ、<証拠判断省略>

1  申請人佐藤は、昭和三七年五月から支部(編註―明治乳業労組戸田橋支部をいう)の支部長、同谷は同年九月支部教宣部次長、昭和三八年一一月からは支部書記長として、引続き支部の中心となつて活発な組合活動を行つて来た。

2  会社が組合に組合事務所を無償貸与するについては、会社と組合本部との間に、その使用を原則として午前八時から午後六時まで使用することを認めることとし、組合が右時間を超えて組合事務所を使用しようとするときは、予め文書で会社に届出で、使用時間が午後一〇時から翌日午前八時までの間に亘る場合には、会社の許可を得なければならないとの合意がなされていた。

ところが、昭和四一年一月二六日午前零時一五分頃組合員が会社に届出もせずに組合事務所を使用していたため、重本製造主任(組合員である。)が組合事務所へ赴き、届出をしてから使用すべき旨の注意をした。

これに対して支部では、従前から組合事務所の使用は本来自由なはずであり届出をしろというのはおかしい、どうしても出せというなら支部長名で一年分まとめて出しておけばいいだろうということで、会社側と工場協議会で交渉している段階にあつたことと、右重本が組合員であるにも拘らず「ノック」もしないで組合事務所に入つて来て注意したことから、申請人佐藤が同人に対し「組合員なら組合の仕方をわかつてもいいだろう。」と言い、これに対して重本が「管理職から権限を委譲されている。」と答えて言い合いとなつたが、結局、申請人佐藤が重本に「あなたじや話にならないから、工場長に聞いて出なおして来い。」と言つて物別れに終つた。

申請人佐藤ら組合員は、雑談の中で、「重本は普段は同じ組合員だといいながら、こういうときに我々に命令口調でいうのはどういうわけか、このへんで一辺その根拠を聞いてみようじやないか。」という話をし、同日午前九時半頃申請人佐藤は、就業中の重本に対し、重本のとつた処置が不当であるとして抗議すると共に、重本にそういうことをする権限があるのかどうか、誰に指示されたのかということを追及し、そこへ他の組合員も集まつて一〇数名に達し、口々に同人を非難した。そして傍らにいた芳谷主任が、「代表者と話合おう。重本には仕事があるから抗議をやめてくれ。」と言つたがこれに応ぜず、抗議は継続された。そこで重本が「沢中課長に権限を委譲されているので、それに従つて注意した。」旨答えたところ、申請人佐藤は、それならその旨を文書に書けと執拗に迫り、結局、重本は午前九時五〇分頃紙に「一二月一七日課長から重本賢治」と書いて同人に渡し、騒ぎはようやくおさまつた。

この間重本の仕事は中断されたが、結果的にはとりたてていう程の損害は発生しなかつた。

3(一)  同月二九日午前一時二〇分頃戸田橋工場製造課のAセットBラインで、組合員内田洋士が瓶詰作業に従事中、機械が止まり、スイッチボックスのスタートボタンを押したが機械が作動しなかつたので、中にある電磁開閉器のリセットボタンを左手で押そうとして、右スイッチボックスの蓋を右手で開けたところ、誤つて左手の薬指及び小指がボックスの蓋の裏側のストップ回路の被覆のされていない部分に触れたために感電し、大声をあげて倒れた。内田が立上つて右スイッチボックスを指し、「電気だ。電気だ。こんな機械では殺される。」といつているところへ、夜勤の責任者である芳谷殺菌主任が来て、「どうした。」と尋ねても、同じことをくり返していた。そこで芳谷は、内田の指す蓋の開いたスイッチボックスに近付き、ボールペンでリセットボタンを押したりした。その二、三〇秒の間に、そこへ来た従業員杉田が内田の左手薬指及び小指に傷が出来ている(第二度火傷)のを見て、同人に付添つて救急室へ行つたため、芳谷もこれに続いて救急室へ行き、杉田から引継いで指の手当をしようとしたが、機械を放置してきたのに気付き、内田が大丈夫だというのを確めてから作業場へ帰り、水野班長に、工務係へ連絡して機械を点検してもらうように指示し、再び救急室へ帰つて内田の指の手当をした。芳谷が内田の様子を観察したところ、顔色は青かつたが比較的元気だつた。しかし芳谷は、内田が寒いというので、暖房のある無菌室へ連れて行くように他の従業員に指示し、再度機械の様子を見に行き、全く異常のないことを電気関係の担当者から確認して無菌室へ戻つた。内田の顔色は相変らず悪く、更に、頭を打つたために頭が痛いという訴があつたので頭を調べたが、外傷はなかつた。

しかしまだ寒いというので暖いコーヒー牛乳を飲むように勧めると共に、医者へ行くかと尋ねたが、内田は答えなかつたので、それほど悪い状態ではないし、ショックがおさまるまでそのまま暫くの間、安静にしていた方が良いと判断して内田の様子を見ていた。その後他の従業員も様子を見に来て、感電するとあとがこわいからといつて、医者へ行くことを勧めたので、午前一時五〇分頃病院へ行くことになつた。

そこで芳谷は、他の従業員に内田を守衛所まで連れて来るように指示し、同人は一足先に守衛所へ行つて、戸田橋中央病院に電話で救急車の手配をした(戸田橋の消防署には救急車はなかつた。)。しかしいくら待つても救急車が来ないので、再度電話すると共に、タクシーの手配もして、どちらか早く来た方で病院へ行くこととしたところ、タクシーが来たので、午前二時二五分頃従業員一人に付添わせて、内田を戸田橋中央病院へ連れて行つた。内田はかなり元気であつたが、病院では精密検査をしたあと、安静加療のため入院させた(なお内田は同月三一日退院したが、その間、容態が悪化したことをうかがわせる事情はない。)。

その後芳谷は、従業員の要求で、事件の経過を説明したところ、事故が発生してから病院へ連れていくまでに約一時間の間隔があるが、これは人命軽視だとの非難が出て、これに対して芳谷は夜勤の明ける午前四時過ぎまで説明をした。そして、当日の夜勤者はそれ以上のことはしないで帰宅した。

(二)  同日午前八時に出勤した申請人谷は、他の従業員から浦野壜詰主任が全員を集めて、昨夜電気事故があつたこと、内田は元気であること、今後電気関係の事故が起きた場合には一切工務係の方へ連絡して職場の人は手を出さないようにとの話があつたが、事故の内容の詳しい話はなかつたこと及び浦野が、現場の代表が見舞に行つてくれと言つていたことなどを聞き、早退届を出して病院へ見舞に行き、内田から二〇分位事故の内容及びその後の経過を聞き、工場へ帰つて申請人佐藤に会つて経過報告をした。

一方申請人佐藤は、午前一〇時頃事故を知り、病院から帰つて来た同谷に会い、その報告を聞いて、とりあえず工場長か沢中製造課長から説明を聞くこととして、工場長室へ行つたところ、日高酪農課長が「二人共いない。」と言つているところへ、沢中が工場長室のドアを半開きにして顔を出したので、申請人らは日高に「何故いるのにいないといつたのだ。」と非難すると共に、沢中に対し「課長、人殺しのようなことをして何しているんだ。病人を二時間も三時間も放つておいてどうしたんだ。」と言つた。これに対して沢中が「今のことで中で話をしているところだから、中へ入りなさい。」と言つたが、申請人らは「その必要はない。」と言つて職場へ行き、そこにいた浦野主任に、感電事故の原因を説明するように求め、他の組合員一〇数名と共に事故が起きたAセットBラインのスイッチボックス附近で説明する浦野のまわりをとり囲んで抗議し、その抗議は、喧騒を極めた。そこで浦野は、「ちやんと何人かでルールを通して話をしようじやないか。」とくり返したが、一向におさまらず、そのうち申請人佐藤は「この野郎は機械がまわつているうちは驚かないから、こんなところでワイワイ言つたつてだめなんだ。全員早退して帰つちやうしかない。」と言つて退出した。その後浦野は「ルールを通して話合おう。そのように工場長に言つてくるから。」と言つたが、従業員らが浦野のいうことをきかないため、終に同人は、「もうここでやつてもしかたがない。みんな作業につきなさい。」と言つた。その間申請人谷は、午前一〇時半頃工場長室へ行き、「今現場で浦野さんと皆で話合つているが、全くわからないので製造課長と芳谷さん、来て皆に説明して下さい。」と求めた。そこには沢中、芳谷のほか高島第一製造係長、新海第三製造係長もおり、沢中が、「芳谷も職場へ行つて説明した方が良い。いますぐ連れて行くから先に行つていてくれ。」。というので、申請人谷は、「そのことについて解決しないと、そんな危険なところでは仕事ができない。」と言い残して職場に引返して待つた。ところが、沢中と新海らが来ただけで、肝心の芳谷は、高島が途中まで行つて、浦野をとりまいて「事故の責任をどうしてくれるんだ。」「労働強化をするから怪我が起こるんだ。」「人殺し。」などということを、激しい口調で抗議している組合員らの様子を見て引返し、職場に来ようとする芳谷に、今行つても話はできそうもないからと言つて引きとめたため、同人は現場には来なかつた。そのため申請人谷らは沢中らに、芳谷が来ないのは約束違反だと抗議すると共に、口々に、「人殺しの責任はどうしてくれるんだ。」「お前の様な馬鹿がいるから、我々は安心して仕事が出来ないんだ。」「会社は命と仕事とどつちが大事だ。」などと言つた。これに対して職制側は、芳谷のとつた処置に手落ちはないことを説明した後、「とにかく職場へ帰りなさい。ルールを通して話合おう。」と言つたが、何らの効果もなかつた。

(三)  一方、申請人佐藤は、午前一一時頃組合本部書記長へ電話で事件の経過を報告したうえ、「今回の事件は人命にかかわる問題であるにも拘らず、工場側は何ら反省の色なく、この様な状態では危険で作業はできないので、午後から早退届を出して抗議する。」と連絡した。これに対して本部書記長は「早退届を出して抗議するという方法は妥当でない。」と答えた。

(四)  その後申請人佐藤は、前記申請人谷らの抗議に加わり、前同様の問答をくり返したが、一二時五分前頃申請人佐藤は、「このような工場で作業はできない。午後全員早退だ。」と言つて、抗議を終つた。

(五)  申請人佐藤は、午後一二時五分頃、工場食堂で食事中の二〇〇名位の従業員に向つて、携帯マイクで、事故が発生したこと、芳谷が病院へも連れて行かずに二時間も放つておいたこと、こんな危険な職場では安心して働けないから、午後から早退届を出して帰ろう、早退届は代議員に提出するようにする、との話をした。

支部では当時日韓条約粉砕、アメリカのベトナム侵略戦争反対運動の一環として、毎日昼休みには守衛所前に集合して社内のデモ行進などを行つていたため、右同日の昼休みにも組合員が集まつたので、その席上申請人谷は、「内田は食事もとらずにふるえているのに、会社は毛布も持つていかずに放つている。芳谷は内田が倒れているのをそのまま放置して機械をまわせと指示し、人命無視、生産第一主義の態度をとつた。内田は昨夜から食事もとれない容態であつた。」という趣旨の報告をし、また病院へ行つてくると言つて出かけた。また、申請人佐藤は、食堂で述べたことを敷衍して述べたうえ、「早退することは組合本部にも連絡済みだから心配するな。早退届を出さない者は春闘の落伍者と看做す。」と挨拶した。

(六)  右佐藤の呼びかけに基づき、代議員によつて一七九名の早退届が集められ、午後一時一〇分頃高島係長に届けられたが、これは受領を拒否された。又、右集会終了後職場の危険箇所を摘発しようという問題が出され、組合員は職場に帰つて危険箇所を調査した後、就業をしないで食堂へ集合し、危険箇所の討議をしている最中の午後一時二〇分頃申請人谷が内田の内妻を連れて食堂に現われ、簡単な経過報告と共に、その紹介をした。

その後、組合員は、工場長室の横で二〇名位が交替で約二時間位にわたつてシュプレッヒコールをするなどして気勢をあげた。そして、右抗議行動は午後九時半頃まで継続したが同日の夜勤者はこれに加わらなかつた。

右職場放棄により、同日午後一時以降午後七時ないし同九時半頃までの間、工場の作業は、高島係長ら約九〇名によつて曲りなりにも行われた受乳、五合、パイゲン、冷凍機、ボイラー、電気、用水、事務、酪農等のほかは全く停止した。

(七)  午後四時頃には組合本部から副委員長、書記長等数名の役員が来て食堂における集会にも顔を出した後、工場側と支部との間で、本部役員をも加えた拡大工場協議会が開かれ、その席上、支部側は、①今回の災害に対して工場側は謝罪すること、②労働安全対策上、現在危険な箇所が相当あるので、期限付で修理すること、③今回の災害に対してとつた行動については、労使双方責任を追及しないこと、支部のとつた午後一時からの抗議行動についても責任を問わないこと、④災害を受けた内田に対しては労災で適用されるもののほか、工場側で充分に補償をすることを要求し、これに対して工場側は、①作業中に起きた事故に遺憾の意を表することは吝かでない、②災害防止の意味から工場側も修理は行う、③あのような感電事故があつたとはいえ、支部のとつた行動は正常でない、遺憾であると思うが、どのように処分するかは工場側に権限がないので、この場では言えない、④今回だけ特別な扱いというわけにはいかないが、工場としてできるだけのことはしたいと答えた。なお、組合本部から出席した役員らは拡大工場協議会に臨むにあたり、次の二点を確認していた。①支部が主張した四点については、これを支持して会社側に当る。②ただし、約二〇〇名の組合員が一時から職場を離れ抗議行動をとつたことについて、方法としては妥当を欠き、到底支持できない。組織内部の統制上の問題として許せない。

(八)  ところで本件スイッチボックスはその蓋の表側に各機械のスタート及びストップボタンが設けられ、その内部に各回路毎に電磁開閉器が備えつけられ、右各ボタンはいずれもゴムのキャップで覆われている。戸田橋工場では、壜詰機が倒壜などの原因で止まることが時々あるが、その場合には、その原因を除去したうえ、スイッチボックスのスタートボタンを押すだけで機械が作動する場合と、スイッチボックスの中にある電磁開閉器のサーマルリレーが働いているために、スイッチボックスの蓋を開けて、リセットボタンを押したうえでスタートボタンを押さなければ機械が作動しない場合とがあり、本件は後者に属する場合であつた。

昭和四〇年六月一日に会社が制定し、同年九月掲示及び配布することによつて従業員に周知した「安全基準」(組合は同年八月一九日制定については特に意見はないとの意見を付している。)四条一四号には「機械装置等に異常を感じた場合自分の処置できる範囲の事は当然実施するが、全然不明か一寸でも疑問があれば直ちに上司の指示を受ける。」との規定があるが、電磁開閉器のサーマルリレーが働いた場合には、スイッチボックスの蓋を開けてリセットボタンを手で押して作動させるというのが通常であつた。この際、作業員の手は仕事の性質上絶えず塩素水で消毒していたため、湿つているのが常態であつた。しかし、未だかつて本件のような感電事故が起きたことはない。

工場壜詰作業場の床は常時濡れており、また水蒸気も多かつたが、水蒸気が充満しているというほどでもなく、防湿装置もあり、本件スイッチボックスが同所に設置するのに安全上不適格なものであつたとはいえない。なお工場では、従業員に対して一般的な安全教育を施して来たが、電磁開閉器のサーマルリレーが働いた場合の処理の仕方について具体的な指導をしたことはなく、従業員は右安全基準が定められているにも拘らず、先輩達のやり方を見て、右のような取扱い方をしてきたものであるが、本件事故後の同年四月半頃、会社は装置を全面的に改善し、スイッチボックスを一ケ所に集め、電気知識のある者が集中的に制禦するようにした。

(九)  なお、支部は、単一組合たる明治乳業労働組合の下部機構であり、従来、戸田橋工場に特有な問題については工場協議会という形で工場側と折衝して処理してきたが、組合本部とは独立に会社側と団体交渉をし、労働協約を締結する能力はない。

三、<証拠>によれば、被申請人主張の申請人らに関する解雇理由中の各B事実が認められ、右認定に反する疎明はない。

四、<証拠>(従業員就業規則)には次のような定めがある。

五九条 従業員が下記の各号の一に当るときは懲戒する。

1  会社の諸規定或は労働協約に違反したとき。

2  故意又は過失により会社に損害を及ぼしたとき。

6 勤務怠慢、素行不良又は会社の風紀秩序を紊したとき。

16 他の従業員の業務を妨害したとき。

17 その他前各号に準ずる程度の行為のあつたとき。

七条 従業員は職制によつて定められた上職者の指示に従つて職場の秩序を保持し、上職者は所属従業員の人格を尊重し互に協力してその職務を果さなければならない。

九条 従業員は特に下記の事項を守らなければならない。

4  みだりに職場を離れたり職場を放棄しないこと。

一四条 会社内で業務外の集合又は掲示、ビラの配布等を行うときは予め会社の許可を受け所定の場所で行わなければならない。

六〇条 懲戒を分けて下記のとおりとする。但し、二つ以上を併科することがある。

1  戒告 口頭を以て訓戒する。

2  譴責 始末書を提出させ文書を以て訓戒する。

3  減給 一回に付平均賃金一日分の半額、総額において一ケ月給与支払額の一〇分の一以内を減ずる。

4  出勤停止 七日以内出勤を停止しその間の給与を支払わない。

5  賠償 会社に損害を及ぼしたときこれを原状に回復させるか又は必要な費用の全部又は一部を負担させる。

6  懲戒解雇 予告なしに解雇する。

7  その他必要な処分

第二、当裁判所の判断

一、以上の認定に基づいて、本件各懲戒解雇の当否について判断する。

1  先ず昭和四一年一月二九日の件(第一、二、3)について考える。

この件は、その発端が組合員内田の過失による感電事故にあり、支部側が会社側に、事故に対する事後処理の不当さ及び工場における設備の危険性を主張して、これらに対して抗議することを目的として行つたものであることは前認定の事実によつて明らかである。そこで会社側の事後処理の当否について考えてみるに、芳谷主任が事故発生に気づいてから内田を病院へ連れていくことにするまでの間、約三〇分間経過しているが、この間の処理について芳谷に責められるべき点はない。けだし、芳谷はこの間内田の容態を観察し、あるいは内田に尋ねたりして、同人の顔色が悪く、且つ同人が寒さを訴えていたが、直ちに医者に診せなければならないほど悪い状態ではなく、むしろ暫く安静にしておいた方が良いと判断したものであり、結果的にみてもその判断が誤つていたとはいえず、その間、芳谷は内田の看護ばかりでなく、機械の様子もみたりしているが、これも他の従業員に看護を代わつてもらうとか、内田に大丈夫であることを確めて一寸席をはずして他の従業員に作業を指示するというように、夜勤の責任者である芳谷としては当然なすべきことを、内田への配慮を怠ることなくして行つたものであり、これをもつて人命軽視、生産第一主義の行為ということはできず、その後、病院へ連れていくことを決めてから自動車に乗せるまでに約三〇分経過しているが、これも芳谷としてはできるだけの手を尽したものであつて、その責任を云々されるべきいわれはないからである。そうすると、事後処理の仕方についての抗議に関する限り、会社側には申請人らの抗議に値するような不当な点はないものというべきである。

申請人谷は内田から直接に、同佐藤は申請人谷を介して事件の真相(内田が申請人谷に虚偽の事実を告げたとも思われない。)を聞いていたはずであり、これをことさらに誇張し、会社側の説明を聞こうともせず、執拗に抗議したことは、穏当を欠くものといわなければならない。しかし反面、事故後一時間余り医者に診せられなかつたということは、その理由の如何を問わず、事故直後の同じ労働者の立場からみれば、許し難い行為であると考えるのも一応尤もなことであつて、これを理由とする抗議を、それに誇張があつたとしても、単に言いがかりにすぎないとまで言い切つてしまうことはできず、その方法において正当である限り、なお正当性を有するものというべきである。

次に、工場設備の安全性の問題について考えるに、本件スイッチボックスの形態、その従前の取扱い及び従業員に対する教育は前認定のとおりであり、スイッチボックス自体は工場に設置するものとして、安全上不適格なものであるとはいえないが未だ改善の余地のあるもの(現に会社も本件後はこれを改善し、電気知識のない者にはスイッチボックスを開けさせない措置をこうじている。)であり、また、その取扱い方の教育についても必ずしも充分であつたものとはいえない。元来、職場において生命にかかわる労働災害が発生することは重大なことであつて、労働者がこれに対して、仮に労働者に過失があつても災害の発生しないような労働環境を要求するのはむしろ当然のことというべきである。そうすると、本件事故は内田の過失によるものであるとはいえ、会社側にもなお安全管理上改善すべき点がある以上、労働者が会社側の責任を追及し、右改善を求めてこれに抗議することは、その方法が正当である限り、何ら責められるべきことではない。

そこで次に方法の正当性について考える。

先ず、同日午前中に行われた抗議(第一、二、3(二)および(四))についてみるに、この一連の経過からみると、申請人らは口では会社側の説明を求めるといいながら、真摯に会社側の説明を聞く態度に欠け、ただ抗議をすることにのみ終始しており、このことが反映したためか、会社側職制の方にも組合員に説明しに行くのを躊躇している様子が看取でき、そのためますます組合員の興奮をあおりたてる結果となつている。このような支部側の態度は決して望ましいことではなく、労働災害が発生し、それが場合によつては生命をも失いかねない性質のものである場合には、説明を聞くということよりもむしろ抗議のみを目的とした行動も許され、それが口頭の抗議に止まる限り、会社側もある程度までこれを受忍しなければならないものというべきであるけれども、本件申請人らの前記認定の抗議行動は、いかにも行きすぎであつて、違法であるというべきである。

次に同日午後の早退およびその後の食堂における集会、工場長室横の抗議行動の件(第一、二、3(六))について考えるに、これが、主として抗議を目的とするストライキ(第一、二、3(七)で認定した四項目の支部要求はストライキ実施中に出されたもので、少くともストライキの当初には問題となつていなかつた。)であり、申請人佐藤に指導されて行われたものであることは明らである。そして右認定の経過からすれば、申請人谷も、同佐藤と意を通じてこの指導に参画したものというべきである(特に申請人谷が内田の内妻を連れて来て食堂に集まつている組合員に紹介したことは、組合員の志気を高めるための行為であつて、右推認のための重要な間接事実である。)。そしてこれが組合本部の意思に反して行われたものであること右認定(第一、二、3(三)及び(七)参照)のとおりである。そうとすると、この点については、更に、①主として抗議を目的とするストライキが許されるか、②本件ストライキは単なる私的なものではなく、支部の行為といえるか、③組合本部の意に反した支部だけのストライキは正当か、ということが問題となる。

① ストライキの典型的な形態は、組合側がある要求を掲げ、その要求を貫徹するためになすものであるが、憲法二八条及び労働組合法で保障されている組合活動としてのストライキは、右の形態に止まらず、それが使用者の支配内に属する事項について、使用者に対して向けられたものである限り、抗議のためのストライキもこれに含まれるものと解すべきである。けだし、抗議というも結局使用者に対し今後再びこのような行為をし、あるいは事態を惹起するな、との要求(本件では再び感電事故が起らないような職場環境にせよとの要求)とも受けとれるのであつて、典型的なストライキの場合のように、その要求は明確なものとしては掲げられておらず、また、使用者がこれを承諾したからといつて直ちにその目的を達するものではないが、事はあくまでも使用者対労働者間の問題であり、広い意味においては労働条件の維持向上を目的とするものといえるからである。

②  本件において、そのストライキは、組合の機関による決定を経たものではなく、また、組合員全員にはかられたものでもない(夜勤者にははかられていない。)が、支部長及び書記長の指導のもとに、多数の支部組合員の参加を得て行われたものであるから、支部の一部の組合員が行つた行動であるとは言え、単なる私的な職場放棄ではなく、一応は、支部のストライキとして評価できる。

③  ところで、本件ストライキが組合本部の意思に反していた点であるが、これはいわゆる山猫ストとして論ぜられる問題である。労働組合法が、労働組合が結成されている場合には、労使関係は労働組合を通じて規律していくことを前提としていることから考えると、団体交渉の主体たりえない、即ち労働協約を締結する能力のない、労働組合の一部分にすぎない団体が、組合本部の意思に反して独自にストライキを行うことは許されないというべきである。さもないと、使用者としては、団体交渉によつて問題を解決することもできない相手方によるストライキを受忍しなければならず、不当な不利益を強いられることになるからである。本件において、支部は、戸田橋工場に特有な問題については、工場協議会という形で工場側と折衝してきたが、組合本部とは独立に会社と団体交渉を行い、労働協約を締結する能力を有していなかつたのであるから、結局のところ、本件ストライキはいわゆる山猫ストに該当する違法なものと評価すべきである。そうすると、申請人佐藤は、同日午後一時以降、故なく組合員一七九名を煽動して、職場放棄をなさしめ、かつ、多数組合を指導して違法なストライキを行わしめ、申請人谷は、佐藤と意を通じて、右違法行為の指導に参画したものというべきである。

以上の違法行為は、従業員就業規則九条四号、五九条一号、一六号に該当する。

2  次に昭和四一年一月二六日の件(第二、一、2)について考えるに、支部の組合事務所の使用方法は明らかに会社との契約条件に違反しており、利益供与である組合事務所の貸与について、会社側がこれに条件をつけることも、それが著しく不合理なものでない以上有効であると解すべきところ、本件における条件は著しく不合理なものとはいえないから、有効であるといわなければならない。そうとすれば、この条件に違反した使用に対して、沢中課長から委任された重本がこれに注意を与えたことも尤もなことであつて、これに対して就業中の同人に抗議するのは、全くのいいがかりというほかはない。重本がノックをしないで組合事務所に入つたのは妥当ではなかつたが、申請人佐藤の行動が行きすぎであることに変りはない。従つて就業中の重本に対して不当な抗議をして同人の作業を妨害した申請人佐藤の右行為は、従業員就業規則五九条一六号に該当するものであるというべきである。

3  結語

以上のとおり、申請人らの行為は違法であり、且つ、従業員就業規則の定める懲戒事由に該当するが、同規則六〇条は懲戒処分として、戒告、譴責、出勤停止、賠償、懲戒解雇及びその他必要な処分の七種を定めているものなるところ、かように数個の懲戒処分が段階的に規定されている場合に、そのいずれを選択するかは懲戒権者たる使用者の完全な自由裁量に委ねられているのではなく、懲戒原因となる行為の動機、態様その他諸般の事情を考慮し、懲戒事由と懲戒処分との間に社会観念上相当と認められる均衡の存在することを必要とし、使用者がその裁量を誤り、均衡を失する処分をしたときは、懲戒権の濫用として無効であると解するのを相当とする(申請人らの就業規則違反の主張は、この点の主張をも包含するものと解される。)。

これを本件についてみるに、申請人佐藤の昭和四一年一月二六日の行為(第一、二、2)及び申請人らの同月二九日午前中の行為(第一、二、3(二)、(四))は前述のとおり違法ではあるが、懲戒解雇理由としては未だ軽微なものであるところ、同日午後の行為(第一、二、3(五)(六))は決して軽微なものではなく、殊に申請人佐藤は、組合本部から事前に、早退届を出して抗議するのは妥当でないと言われていたのに、支部組合員に対してはこれを秘し、剰え、「早退することは組合本部にも連絡済みだから心配するな。早退届を出さない者は春闘の落伍者と看做す。」などと言つて支部組合員を指導、煽動して、職場放棄をなさしめ、強引に違法なストライキを行わしめたものであつて、前述のとおり、その動機において酌むべき点があるにしても、なお、その情は極めて重く、懲戒解雇されてもやむをえないものというべきである。申請人佐藤が活発な組合活動を行つてきた者であることは前認定(第一、第二、1)のとおりであるが、同人のなした行為が右のとおりである以上、会社が同人の組合活動を嫌悪したが故に本件解雇をなしたものということはできない。従つて、申請人らの主張する本件解雇の無効原因は、申請人佐藤に関する限り、いずれも理由がないものというべきであり、結局、申請人佐藤に対する本件解雇は有効である。

次に、申請人谷は、前述のとおり申請人佐藤と意を通じ、職場放棄、ストライキの指導に参画したものであるが、その行動は、申請人佐藤の行動を側面から援助する態のものであり、また申請人佐藤のような強引さもうかがえないので、前述した動機をも併わせ考えれば、同日午前の行為及びその他の事情(第一、三)を考慮しても、なお申請人谷を懲戒解雇に処するのは、重きに失するものというべく、同人に対する本件解雇は、懲戒権の濫用として無効である。

ところで、申請人谷は、賃金を唯一の生活の資とする労働者であり、本件解雇によりその収入の途を奪われたのであるから、他に特段の事情についての疎明のない本件では、保全の必要性もまた存するものというべきである。

三、結論

結局、申請人谷の申請はいずれも理由があるのでこれを認容し、同佐藤の申請はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。(西山要 吉永順作 瀬戸正義)

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